コブシ 辛夷 こぶし 金沢から日帰りの距離に咲く花

Do・素人の 参拾弐頁の六
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追記の日経新聞2007.07.15江戸の風格欄より記事転載は、この頁の下段です。

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2000.04.21 金沢市郊外



2007.04.28 金沢市郊外



20127.04.15 石川県志雄


2012.07.18 石川県辰口 実

コブシ「辛夷」(モクレン科)
Magnolia kobus 原産地:日本

日経新聞2007.07.15江戸の風格欄より記事転載

瞼のコブシ    野口武彦
 毎年の早春、まだ葉の出ない枝先にゴブレット形をした純白の蕾がちりばめられ、景色がそこだけパッと明るくなる。コブシは自然界のシャンデリアだ。
 石原正明は『年々随筆』に、「さくらの花待遠なる頃、こぶしてふ(という)もののまづ咲き出たるが、それかとばかり似かよひて、いとうれし」と書いている。コブシは伝統和歌ではあまり詠まれないといい、珍しい例として『続詞花集』から「時しあればこぶしの花も開けたり君がにぎれる手のかかれかし」の一言を挙げる。大意は、「コブシの花は時が来れば開きます。あなたも握りしめている手(頑固さ?)をどうか解いて下さい」という戯れの歌である。
 和歌に少ないのは、コブシが山地や田園に咲く花だったからだろう。東北地方では「田打ち桜」と呼ばれ、昔はコブシの咲き方で農作の豊凶を占った。
 植物学者の説によると、木々が一度にたくさんの花を付けるのは、種族保存の危機が迫っているのを感じて、多量の種子を残そうとするからだそうだ。
 筆者が住んでいる共同住宅には猫の額ほどの庭があり、隅に一本だけコブシが植えてある。今は二代目である。
 一代目は、阪神淡路大震災前の世代だった。土質が悪いせいか植えてから何年経っても成績不良で、年にせいぜい十数輪の貧弱な花しか付けなかった。
 それが地震の翌年、見違えるような姿で満開になった。枝という枝に蕾が出て後から後から花が咲き、最盛期には枝付き燭台から真っ白な炎が立ちのぼるような勢いで咲き誇ったのである。
 嘆息が洩れるほど旺盛な生命力の謳歌だった。あの木が一世一代の晴れ姿を見せたのは、マグニチュード七・二の激震の影響だろうか、それともその直後に災害復興工事のために伐り倒される運命を予知していたからだろうか。
 今でも時々、花盛りのコブシの映像が瞼の奥にくっきりとよみがえる。
                     (文芸評論家)
 コブシの身分証明書、若葉が一枚付。
 香りが良い。

 シモクレンとハクモクレン二十九頁の六とタムシバ参拾頁の五を参照下さい。
2000.04.21金沢市郊外
樹木ガイドブック(永岡書店)より
現代いけばな花材事典(草月出版)より